モラルハザードとは?モラルハザードの概念がビジネスでなぜ重要視されている理由を解説。

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モラルハザードは倫理崩壊と訳されます。元々は金融用語で、危険回避の仕組みをつくると危機意識が薄れて規律が失われる現象のことです。例えば「モラルハザードが起きている」という使い方をします。

モラルハザードの概念は今、金融業界にとどまらず、ビジネス全体に浸透しています。ビジネスパーソンにとってモラルハザードの考え方は、会社や組織を危機に陥れないようにするための知恵と言えるでしょう。

この記事ではモラルハザードの概要を紹介したうえで、ビジネスパーソンがモラルハザードを意識する意義を解説します。

【基礎知識】モラルハザードの考え方

まずはモラルハザードの基礎知識を紹介します。この言葉にどのような意味があり、どのように誕生し、どのようなときに使われるのかをみていきます。

国立国語研究所はモラルハザードの和訳として、倫理崩壊を提案している

国立国語研究所はモラルハザードを、倫理崩壊と訳しています。意味は、倫理観や道徳的節度がなくなり、社会的な責任を果たせないこと、です。

かなり強い言葉であることがわかります。そして直感的に、モラルハザードを起こしてはならない、ということもわかります。

金融業界で生まれた概念

もともと、モラルハザードという概念は金融業界で生まれました。金融という事業は経済や社会、人々の生活を支えているので、ここに異常が起きると社会が混乱してしまいます。そのため、政府や中央銀行、金融業界などは危険回避の仕組みを導入しようとします。

ところが危険回避の体制が強固になると関係者が安心してしまうので、危機管理やリスク回避への意識が薄れるという現象が起きます。

その結果、実際に事故の発生確率が高まったり、規律が緩んだりします。

金融関連のモラルハザードは身近なところでも起きます。例えば、自動車の任意保険に加入すると「事故を起こしても安心」という気の緩みから安全運転を心がける意識が希薄になるといった場合です。

金融機関の気の緩み、という文脈で使われることも

金融業界がモラルハザードを警戒するのは、その被害が甚大になる恐れがあるからです。

例えば、ある銀行にモラルハザードが起きて、融資の審査がずさんになったり、不正会計に手を染めたりするようになったとします。これが一般企業であれば、それが原因で経営破綻することで、いわゆる「制裁」を受けることになります。

ところが銀行は、預金という形で企業や人々の重要資産である現金を預かっているので、簡単に破綻させることはできません。そこで例えば日本には、預金保険制度という預金を保護する仕組みがあります。

また銀行は重要な金融インフラなので、国が破綻しかかっている銀行に公的資金を注入して「延命」させることもあります。公的資金の原資は税金なので、このモラルハザードによる被害は深刻であるといえるでしょう。

モラルハザードを「我がこと」として考えることが大切

ビジネスパーソンはモラルハザードの概念を自分の業務に落とし込んでいったほうがよいでしょう。それを実現するには「我がこと」として考えていく必要があります。

「私のなかにモラルハザードの種はないか」と自問する

ビジネスは依頼人と実行者の間で行われます。

例えば経営者と労働者なら、経営者が仕事を依頼して、労働者が仕事を実行するという関係にあります。自動車製造では、顧客が自動車の製造を依頼して、自動車メーカーが自動車づくりを実行します。アパレルショップでは、客が店員におすすめの服を紹介して欲しいと依頼して、店員が客に服を販売します。

ビジネスにおけるモラルハザードは、実行者が依頼人の意図に反する行動を取ること、といえます。

例えば、ある労働者が100の仕事をする能力を持っていたとします。ところが経営者がその能力を知らなかったら、この経営者は仕事が70完成した段階で満足するかもしれません。

賃金をもらっている以上この労働者は常に100の仕事をすべきですが、「70の仕事程度で評価されるなら、70の仕事を終えたらあとはサボろう」と考えてしまうかもしれません。

このように、実行者に倫理観が欠如しているとモラルハザードが起きます。また、「経営者が70の仕事で満足すること」もモラルハザードにつながってしまいます。

ビジネスパーソンは「モラルハザードの種」に警戒する必要があります。

【事例】モラルハザードが起きるとどうなるのか

モラルハザードが起きた事例を紹介します。

中小企業金融円滑化法で融資返済のモラルハザードが起きた事例

かつて中小企業金融円滑化法という法律がありました。正式名称は「中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律」といい、現在はすでに期限が切れています。

この法律は、厳しい経済状況下で苦しむ中小企業を、資金繰りの観点から支援するものでした。この法律が成立した2009年の前年に、世界的金融危機リーマンショックが起きていました。

中小企業金融円滑化法は銀行などの金融機関に対し、中小企業から金利の減免や返済猶予などの要請を受けたら、できるだけそれに応じるよう求めています。

この法律は一定の意義がありましたが、期限を延長する検討が行われたときモラルハザードが問題になりました。金融機関側から「(中小企業が)返済猶予に慣れてしまい一種のモラルハザードの懸念がある」という意見が出されたのです。

そして実際に、返済の条件変更を行った企業から、再度条件変更を申し込まれるケースが増えた、ということが起きています。しかも、返済の条件変更を行っても企業の経営状況が改善しない例がある、という指摘もあったようです。

銀行破綻でモラルハザードが起きていた事例

栃木県に本社がある足利銀行は2003年に、金融庁に対して債務超過に陥っていることを報告しました。つまり足利銀行が持つすべての財産を使っても債務(=借金)を完済できない状態に陥ったわけです。

1990年代初めから2000年代初めまでの約10年間、日本は銀行危機の状態にあり、足利銀行の破綻はその1つでした。

足利銀行の破綻処理は次のように行われました。

国は金融危機対応会議を開き、預金保険機構に足利銀行の株式を取得させることにしました。これにより足利銀行は正式に破綻したわけですが、消えてなくなったわけではなく、足利銀行は国有化されました。

ただ、国が地方銀行を保有するメリットはなく、むしろ、もし破綻した銀行を国がすべて保有することになったら「何かあっても必ず国が助けてくれる」というモラルハザードが起きてしまうでしょう。

そのため足利銀行の国有化も緊急避難的なものであり、すぐに次の策が検討されました。

次の策には、1)他の銀行に足利銀行を吸収合併させる、2)足利銀行の営業を他の銀行に譲渡する、3)足利銀行の株式をどこかに譲渡する、などがありました。

足利銀行の国有化は2003年に始まり、2008年に足利銀行が再び民営化されたことで国有化が終了しました。この足利銀行問題ではモラルハザードがたびたび指摘されました。

足利銀行が破綻した原因には、1)サービス業や大口顧客に偏重した融資、2)多額の丸抱えに近い融資、3)不良債権処理の遅れ、4)拡大路線からの転換の遅れ、5)危機感のない経営態勢、6)最終処分の先送りによる実態の悪化、などが挙げられています。

経済学者の池尾和人氏は「不良債権を抱えた銀行に対して融和的な姿勢を取ることは、将来においてより野放図な融資行動を起こしかねないというモラルハザードの問題がともなう」と指摘しています。

労働者にも起こりうる:失業給付とモラルハザードの関係

労働者にもモラルハザードが起こりうるという指摘があります。国の雇用保険制度のなかに失業給付があります。これは労働者が失業したときに、現金などを給付して生活の安定を図るものです。

失業給付を得て生活が安定すれば次の仕事の準備ができるので、この仕組みはとても意義があるものといえます。

しかしその一方で、逆選択というモラルハザードが起こる可能性があります。逆選択とは、望ましい選択ではないほうを選択してしまう現象です。

失業給付は、就職できると止まります。つまり就職「してしまう」とお金が支給されなくなるのです。失業給付は本来より働くために実施されるのですが、「失業給付がもらえるうちは働かないでおこう」という選択をする人を生んでしまう可能性があります。これが逆選択です。

この場合、失業給付がなければ早く次の就職先を探すのに、失業給付があったばかりに就職活動をわざと遅らせる、というモラルハザードが発生します。

【考察】ビジネスパーソンがモラルハザードを意識する意義

ここまで紹介した事例を踏まえて、ビジネスパーソンがモラルハザードを意識する意義について考えてみます。モラルハザードは「落とし穴」といえます。これに陥ると高い確率で破綻するでしょう。

しかもモラルハザードを起こす現象は人々を「誘惑」するので、それを振り払うことは簡単なことではありません。しかしモラルハザードを起こすと大きな損失を抱えることになるので、回避したほうがよいといえます。

一時的に栄えても破綻の道に進む

モラルハザードの1つである逆選択は、破綻の道に誘(いざな)うものです。先ほど、雇用保険制度の失業給付では「お金がもらえるなら就職を先延ばしにする」という逆選択が起きる可能性があることを紹介しました。

逆選択は情報の非対称性で起きることがあります。

例えば中古車販売店の営業担当者と中古車を探している消費者の間には、情報の非対称性が起きています。つまり中古車販売では、営業担当者は中古車情報をたくさん持っているが、消費者が持つ中古車情報は限定的です。

この状態では、営業担当者は目の前の中古車の不具合を隠して、割高な金額で消費者に販売することができてしまいます。消費者は不具合を知らないので、提示された価格が妥当であると信じてしまうからです。

営業担当者は本来、消費者に不具合を知らせて、その不具合に見合う値引きをして販売すべきなのにその逆のことが起きています。情報の非対称性が逆選択というモラルハザードを起こしていることがわかります。

では、正しき営業担当者が、消費者に正直に不具合を知らせて、その不具合に見合う値引きをして販売したらどうなるのか。消費者はきっと「不具合がある中古車は買いたくない」と思ったり、「不具合があるならもっと割り引いてもらわないと買う気が起きない」と考えたりするでしょう。

つまり、モラルハザードを起こしている中古車販売店は割高な価格で中古車を販売できるので儲かり、正しき営業担当者がいる中古車販売店は中古車を販売できないので儲かりません。

だからこそモラルハザードが起きるわけですが、しかしこの状態は長く続かないはずです。

割高な金額で中古車を買わされた消費者は、不具合が顕在化したときに中古車店にクレームを入れます。さらにこの消費者は、友人などに「あの店で中古車を買わないほうがよい」とアドバイスするでしょう。

消費者のこのような情報拡散によって、モラルハザードを起こした中古車販売店は次第に売れなくなります。

そして正しき中古車販売店で中古車を買った消費者は、不具合の存在を知っているので、不具合が顕在化する前に修理することができます。その修理代が安く済めば、この消費者は「結果的に得をした」と思えるはずです。

この消費者は友人などに「中古車を買うなら正直な商売をしているあの店がいいよ」と言うでしょう。

このように情報の非対称性は情報の広がりによって解消され、それにともなってモラルハザードが顕在化して破綻を引き起こすことになります。「だからビジネスではモラルハザードを起こさないほうがよい」といえます。

モラルハザードは起こさないほうがよいといえる理由

モラルハザードを回避する意義は、損失を生まないことにあります。ビジネスでは、社会的な信用を失うことは大きな損失になります。

先ほど足利銀行の破綻と一時国有化の事例を紹介しましたが、同行はその後民営化を果たして普通の地方銀行に戻りました。しかし社会的な信用を失ったことは、現在も尾を引いています。

足利銀行は今、行動指針として「うそやごまかしのない、地道で着実な仕事をする」「独り善がりに陥ることなく、広く理解を得る」という項目を掲げています。これは同行の公式サイトで公表しています。

これは裏を返せば、「かつてはうそやごまかしがあった」「独り善がりに陥ったこともあった」と告白しているようなものです。

ずさんな経営というモラルハザードを起こした事実は、普通の地方銀行に戻ったあとでも消えません。「社会的信用の失墜は深刻だから、ビジネスではモラルハザードを起こさないほうがよい」といえます。

モラルハザードを起こさないようにするには

この記事の内容を箇条書きでまとめます。

  • モラルハザードの意味は倫理崩壊
  • モラルハザードは金融業界で生まれた概念だが、すべての業界のビジネスパーソンが警戒したほうがよい
  • モラルハザードは「我がこと」として考えたほうがよい
  • モラルハザードが起きると銀行が破綻することがある
  • モラルハザードは破綻の道へと誘う

モラルハザードへの誘惑に打ち克つことは、ビジネスパーソンが持続可能なビジネスを進めるうえでとても大切なことといえるでしょう。

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