コンプライアンスというと、ルール違反に対する罰であったり、コンプライアンス研修など面倒なこと、自分には関係なく会社の法務部などがやってくれること、法律を理解するのは難しい・・などの堅苦しいイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか。
この記事では、コンプライアンスとは、皆さんが感じているイメージほど面倒または難しいものではなく、社会生活を送るうえで当たり前のことを実践すればコンプライアンスも達成できるということをご紹介します。
もちろん、業界や法律によっては細かいルールが定められており、それらを指さし確認しないとコンプライアンスを達成できない場合もあります。
しかし、コンプライアンスの基本的な考え方を理解すれば、誰もが重大なコンプライアンス違反を防止する助けになるはずです。
コンプライアンスとは?
まず、あらためてコンプライアンスとはどのようなものでしょうか。直訳すると、Compliance=「法令などを遵守すること」となり、「ルールを守る」という意味になります。
この守る対象としての「ルール」の念頭におかれているのは、主に国などが定める法律や規則などです。これに加えて、会社などの組織のなかでは組織に適用されるルールである社内規程を守ることもコンプライアンスに含まれます。
近年、「法令など」の部分が拡大的に解釈され、企業倫理などのモラルを守ることや、CSR(企業の社会的責任)として掲げる理念を守ることもコンプライアンスに含まれるという見解もあります。
「法令など」に何が含まれるかは、その人が身を置く時代・国・業界・会社などの文脈によって変わると考える必要があります。
しかし、このように守らなければならないものが多いと、結局何をすれば良いのかわからなくなってしまうのではないでしょうか。
何のためのコンプライアンスか
このため、コンプライアンス=「ルールを守ること」で達成したいこと、つまりコンプライアンスの目的を理解することが、コンプライアンスを実践するための重要なポイントになります。
そして、コンプライアンス=「ルールを守ること」の目的は、「法の目的を実現すること」にあります。
では、法の目的とは何でしょう。日本では憲法を頂点とする様々な法律等が存在し、それぞれの法律ごとに実現しようとする目的や価値は異なります。しかし、これと同時に、法律等は憲法に適合する形で定められる必要があります。
つまり、憲法が実現しようとする目的・価値がすべての法律の土台になっていると言えます。
一般的に、日本国憲法は国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3つを基本原理とすると言われています。そして国民主権(民主の原理)も基本的人権(自由の原理)も、ともに「人間の尊厳」に由来し、さらに、これらは平和なくして確保されないことから平和主義も「人間の尊厳」と密接に関係しています。
このため、「人間の尊厳」が憲法の実現しようとする価値の核になっているといえます。
「人間の尊厳」とは、個人を尊重すること、そしてこれはすべての人間が実践しないと達成できないものであるため、すべての国民が他者を尊重しあい社会共同生活を営むことをいいます。
つまるところ、他者を尊重する行動をとることができれば「法の目的を実現すること」ができ、コンプライアンスも実践できます。「他者を尊重する行動」と聞くと、社会生活を送るうえで当たり前のことで簡単に実践できるように思えるのではないでしょうか。
他者を尊重する行動って何?
では具体的に、他者を尊重する行動とは何かという点ですが、これは、その対極にある、自分の利益しか考えない利己主義的な行動を見ることで浮かび上がってきます。
利己主義的な行動というと、自分の利益または他者を貶めるために、他者を傷つけること、嘘をつくこと、情報を隠すこと、約束を守らないことが挙げられます。
加えて、自己過信により他者への配慮がおろそかになることで生ずるケアレスミスも、広い意味での利己主義的な行動に含まれると言えるのではないでしょうか。
そしてこれを近年日本で話題になった企業不祥事を例にとって見てみると、コンプライアンス違反と呼ばれる事案は大抵がこの利己主義的な行動により発生していることが見えてきます。
以下具体例は『企業不祥事インデックス』を一部抜粋または要約したものに私見を加えたものになります。
コンプライアンス違反の具体的な4つの事例紹介
コンプライアンス違反の具体事例:①三菱自動車工業株式会社 [製品事故]
2004年に表面化した2度目の三菱自動車リコール隠しでは、リコールはイメージダウンなのでできるだけ出したくないという会社の誤った認識による隠ぺい体質に原因があったといえます。
三菱自動車を利用する一般消費者の身体・生命の安全よりも自己保身を図った結果の不祥事といえます。
- 名古屋企業リスク研究会 事例研究グループ:『マスコミ対応の視点から見た三菱自動車のクレーム隠し事件』
コンプライアンス違反の具体事例:②株式会社木曽路 [偽装・不当表示]
2014年に表面化した木曽路メニュー表示偽装では、松坂牛と謳いつつも松坂牛ではない和牛を提供していたことが発覚していますが、これは松坂牛等の高級肉の仕入れによる大幅な原価の上昇を抑えたい、在庫切れ・準備不足等を原因とするその場しのぎの対応などに原因があったとされています。
これも、一般消費者の満足よりも少ないコストで不当な利益を上げようとする利己的な考えが招いた不祥事といえます。
- 木曽路HP:『調査報告書』
コンプライアンス違反の具体事例:③株式会社ベネッセホールディングス [情報漏洩]
2003年に個人情報保護法が施行されてから、個人情報の取扱いについてはすべての事業者・国・地方公共団体等が気を遣っていますが、2014年にはベネッセが顧客の個人情報を流出させる事件が表面化しています。
この事件ではベネッセの業務委託先の社員がベネッセのデータベースから個人情報を取得し、複数の名簿業者に個人情報を売却していました。
原因としては、業務委託先社員に貸与していたPCから外部メディアへのデータの書き出し制御機能がスマートフォンでは機能しなかったこと、アクセス権限の管理やデータベースの情報管理が不十分であったことなどに加えて、ベネッセ社内でセキュリティを統括する責任者が明確に定められていない、情報セキュリティを統括する部門が存在しなかったなどと考えられています。
BtoCのビジネスでは、一般消費者の個人情報を取得せざるを得ない場面が多いにもかかわらず、個人情報の取扱いを含む情報セキュリティを統括する部門が存在しなかったということは、会社としてそこまで対応しなくても問題ないという過信があったといえるでしょう。
- ベネッセHP:『事故の概要』
コンプライアンス違反の具体事例:④オリンパス株式会社 [ハラスメント]
オリンパスでは、内部通報したことに対する報復として上司が通報者を配置転換させるという事案が起きました。これは、いわゆるパワーハラスメントに該当します。
通報者は2008年に東京地裁に訴えを提起し2011年に勝訴、判決確定後の会社の不誠実な対応について損害賠償請求を行い、2016年に和解しています。
本件ではコンプライアンス室が内部通報についての守秘義務を遵守せず、これにより得た情報に基づき上司らが通報者に対して報復人事を行っています。守秘義務というのは、「お預かりした情報は、お預かりする目的を実行するのに必要な人以外には漏らしません」という約束です。
コンプライアンスを預かる部門が自らその約束を破り、その結果通報者に不利益が生じるというのは残念です。また、通報を受けたことに対する報復人事というのは、通報を受けたことに対する恨みを晴らすために行っているものと考えられます。
通報を受けた場合は、自分に見直すべき点がなかったのかと自らを振り返り反省する機会と捉えられるべきですが、そうではなく逆に自己保身のために通報者を攻撃する方法に出てしまったことにより、メディアなどで報道されるような大きな事件に発展してしまいました。
各事例に共通する、他者を尊重する行動・配慮の欠如
上記に加えて、不正会計や不実開示なども平たく言うと他者に対して嘘をつく行為ですし、談合やカルテルも一緒に共謀している仲間内だけ利益をあげれば良いという利己的な考えから行われるものです。
①製品事故や②偽装・不当表示の事案では、隠す、ごまかそうとする意識が働き企業不祥事に繋がりましたが、これを「他者を尊重する行動」に変えると、一般消費者に影響の出ることがわかったら、すぐ情報開示するという行動に繋げられたかもしれません。
また、③情報漏洩や④ハラスメントの事案でも、個人情報という顧客や通報者にとって重要な情報を預かっているという意識がもう少し強くあれば、社内でのそのような情報の取扱いについてより慎重な議論や管理・運用を実践できたかもしれません。
平均から見たときに雑・ずさんと言われるようなケースは、やはり他者に対する配慮が欠けているということになるでしょう。
組織だとやむを得ない場合もある?
ここまで読んで頂いた方のなかには、会社の利益をあげるため、上司を立てるため、組織を守るために、嘘をついたり情報を隠したりすることが時には必要だと考えている方もいらっしゃるかもしれません。
瞬間的にはそのような行動が会社や組織を守るように見える場合もあるかもしれません。
しかし、取引先・消費者などの社会に対して後ろめたいことをずっと隠し通し続けることは、これまでの企業不祥事の例を見ても困難ですし、インターネットやSNSが当たり前の世の中では情報が流れやすいため、より困難になってきていると言えます。
そして企業不祥事として露見したときには会社に対する社会的信用・信頼は損なわれ、会社は社会的・経済的な制裁を受けることになります。
コンプライアンスは自分には関係ない?
また、会社のコンプライアンスの制度を作るのは経営層や法務部などの管理部門の仕事だから一社員に過ぎない自分には関係ないと思われる方もいるかもしれません。
たしかにコンプライアンスや内部統制についての制度設計を行い、それを維持・運営するのは経営層や管理部門の仕事です。
しかし、組織が個人単位の社員から構成される以上、現場で業務に従事している社員一人一人がコンプライアンスの意識をもって行動しないと会社全体としてのコンプライアンスは達成できません。
おわりに
冒頭述べたように、昨今はSDGsをはじめとして企業の社会的責任に大きな関心が寄せられており、企業は自らのために利益をあげるだけの社会的存在ではなく、自らが存在する社会に対して自身が得た利益を何等かの形で還元していくことが求められています。
この社会への還元はまさに、同じ社会に存在する「他者を尊重する行動」といえるのではないでしょうか。会社という組織、また組織に属する個人単位でこの「他者を尊重する行動」を重ねていくことで、より良い社会が実現できるのでしょう。
◎参考文献
- 『憲法 第7版』芦部信喜著 高橋和之改訂 2019年 岩波書店
- 『企業不祥事インデックス』 竹内朗、上谷佳宏、笹本雄司郎編著 2015年 商事法務